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「外伝」 第三十九話 「トーマ劇団」

 終戦後、復員船を待つ間の約9ヵ月の間、碁や将棋をやったりして
退屈を凌いだが、

        なんといっても、映画と芝居であった。

貫名(ヌキナ)部隊=野戦重砲連隊が映写機を持っており野外にスクリーンを張って
             映画を上映してくれた。 
南の風、山祭り梵天唄、ジャングルの恋、結婚の宿題、唄祭浩吉節、木石、生きている孫六、ハンガリアン舞曲、大江戸百揆など23の映画が上映されて拍手を浴びた。

また、海軍の若手で「鵬劇団」を編成し、本物そっくりの舞台を造り、
バラエティ「唄う雲助」、「歌模様」、「五条の夢」、時代劇「恋慕吹雪」、トーマ民謡「豊年踊」などなどを見せてくれた。
衣装やかつら等ほんものそっくりで、女に餓えていたわれわれは

    笑ったり涙を流したりして夜の更けるのも忘れたものです。

わが連隊でも「トーマ劇団」を編成し、南十字星楽団による
「唄と踊りと軽音楽」と称し、オペレッタ歌う八百屋お七、一人芝居月形半平太、
瞼の母その他20ぐらいの出し物でわれわれを慰めてくれた。

いずれも玄人はだしで、よくも舞台や衣装をほんものと同じように
造ったものだと感心したものです。

 軍隊には色々の職業の人がいますが、こんなところに現われたのです。

映画,演劇などの題は全部拙著「戦陣の断章」に載せてあります。
戦友達が、よく覚えていたものだと感心していましたが、
わたしが戦地にいる時に全部メモしておいたのです。

       今は皆懐かしい思い出です。

殺伐とした戦場、しかも豪州軍の監視下にあった時ですから
               これらが復員を待つ間の慰めになったのです。


前著は、多くの戦友に配布しましたが、忘れていたことが思い出せたと喜んでくれました。


<終戦後の将兵の気持ちは恐らく我々現代人には、想像を絶するものだと自分は考えます。
この事を思うと自分は、悔しさと刹那さの念に襲われます。
死んでいった戦友の無念を晴らすまでは戦うぞ!このように思う方々、
自決する方々、その無念が多くの書物や資料を読んでいると深く感じられます。
自分の家系からも多くの戦死者を出しました。
特攻で死に斬れずに病死した叔父、満州で砲兵だった叔父、
サイパンで玉砕した多くの親戚、フィリピンで撃沈された祖父の思いを風化させることなく
平和な世界を築く礎を我々現代人が構築しなければなりません。

さて、下記の画像は一体なんだと思いますか?これは、著者がラバウルから持ち帰った物で、今現在日本で数冊しかないものです。もしかしたら一冊も無いかもしれません。
次回詳しくご紹介したいと思います。
「外伝」 第三十九話 「トーマ劇団」_b0020455_20314452.jpg



         
by Switch-Blade | 2004-12-03 16:32 | 第三十一話~第四十話