「外伝」 第十話

マラリアと麻酔について

 マラリアについては、前にも触れたと思いますが、南方戦線では最重要な課題でした。
というのは・・40度からの熱で一日おきにガタガタとふるえがきて
「この世」ではない状態になります。
本にも書いたように当初はアテブリン、アクリナミン、プラスモヒン、ヒノラミンといった予防薬もあったのですが、当然底をつき、蚊帳をつって寝ても蚊はどこからでも入って
きますからマラリアによる被害は南方戦線にはつきものです。
 米軍の方はどうだったか判りませんが、マラリアとの戦いでもあったのです。
三日熱、四日熱とか熱帯熱があり戦力の低下は避けられませんでした。
 次に歯の治療のことですが、勿論今の器具とは比較出来ませんが、
治療台をはじめなんでもありました。
 要は、総てが内地と全く同じということです。
ただ爆撃でふっとばされなにかと不自由だったことは当然でした。
 当時の日本軍の装備は、米軍のそれとは比較になりませんでしたが、
所謂「大和魂」と「天皇の軍隊」で戦ったということでしょう。 
それでも最後まで負ける気はしなかったのですから、
当時の教育の徹底ぶりが判るというものですね。

戦場では「神風」を期待するなどということはありませんでした。


あのような戦闘をくぐりぬけてきた人間が、冷静に現場を見据えつつも
最後まで戦うのだ!と、思わせたものは一体なんであろうか?
「負ける気はしない」!!
著者は当時の教育の徹底ぶりと言ってはいるが、実際・・・
もしも自分がこの戦場で戦っていたら・・・
どのように思っていただろう?
「負ける気がしない!!」
生意気だが自分も同意見である。と、思いたい。 by Switch-Blade


 
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by Switch-Blade | 2004-09-11 03:52 | 「外伝」第一話~第十話 | Trackback | Comments(0)

 私が、見習士官として原隊に帰って間もなく、週番士官を命ぜられた。
夜中に兵隊さんを一人連れて巡察を行った時の話。
営内を巡視していると衛兵に遇った。
 衛兵は、すかさず私に「捧げ銃」の敬礼をし、「巡視中異状ありません。」
「「よーーし。ご苦労」と言い、ひょいと見ると、最新の九九式小銃である。
初めて見たので、「おい ちょっと見せてくれ」といったら、
「はい」といって私に銃を差し出した。するとその歩哨はあわてて私に跳びついてきて、
私から銃を取り上げた。 「よーし それでよい。 ご苦労。」といってその場を去った。
つまり歩哨は、立哨中は死んでも銃を手から離してはいけないことになっている。
 
私は、銃を見たさと歩哨の反応見たさの両方の気持ちで肩書きを悪用した悪さであった。
悪い男でしたね。
 九九式小銃は、これ以後見ることは無かったのである。
戦場では専ら三八式歩兵銃でしたよ。 
 
 <通信機と迫撃砲について、このように答えて頂いた>
 ジャングル内での連絡は、無線か伝令でその時の情勢で変わります。
無線も5号ぐらいだったか?通信中隊(iTL)が担当していました。
伝令が帰路やられる時もありました。
擲弾筒の弾は、手榴弾ぐらいで、筒先から込め、
地上に約45度ぐらい傾斜させて発射します。
ニーモーターなどという言葉は知りませんでしたね。
ニーは膝でしょうから、米軍の兵士は膝にあてて発射したのでしょう。
それでは大変です。野々村軍曹(当時兵長)は、背嚢を胸に背負い、
そこに擲弾筒をあてて発射したのですが。勿論反動で彼はひっくり返りました。
彼は土佐の生まれで勇敢な男でした。これが切っ掛けで味方が勇気づけられ、
慌てふためく米軍を追い払い、戦車に飛び乗り手榴弾を天蓋からぶちこんだりしました。
戦車は目が見えなくなり、あちこちで座礁したり引き返したりして、
結局追っ払ったというわけです。この戦闘で彼は2階級特進して軍曹になったのです。
私らも前述のように金鵄勲章の候補(殊勲甲)になった次第です。
 真野五郎中将は明治の生まれですから達筆で候文などが使えるのですね。
私も感心してしまうほどとても達筆な方でした。

 

人間どんな場所or会社にいようと、勇気を試される事が頻繁にあると思う。
その際にどのような行動を取るか!これが問題である。
どうだろう?自分はきちんと生きているのだろうか?自分にこう問いただしてみる。
曖昧に流して楽を取る事をよしとするか?
駄目なものは駄目だと言える勇気を持つべきか?
どちらにしてもそれぞれの人により簡単な事ではないはずである。
もしかしたらどちらにも当てはまらない方法があるのかも知れない。
さて、皆さんはどのように思われるのか?  by Switch-Blade

 「外伝」 第九話 完
http://www.yokohamaradiomuseum.com/
通信機について参考になれば・・・
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by Switch-Blade | 2004-09-11 03:24 | 「外伝」第一話~第十話 | Trackback | Comments(0)

「外伝」 第八話

 「外伝」第一話~第七話までは、著者が実際に体験した事を、
私、Switch-Bladeにお送り頂いた資料を基に掲載したものであり、
その資料は、その体験と記憶から綴られた物である。

戦史に興味がおありの方、詳しく知りたいと思われた方は、
日比谷図書館及び目黒にある防衛庁 防衛研究所にある図書館資料室「戦史叢書」
(全102巻)(目黒防衛研究所では貸し出し不可)にて閲覧可能である。

「戦陣の断章」の著者からお送り頂いた資料の表紙にはこう綴られていた。

        
戦争とは、なんと残酷で空しきものか 
個人的には何の恨みも無い者同士の殺戮
国敗れて山河ありといえども
命により戦い、若くして散華した多くの
戦友(とも)は再び帰り来ず      合掌


  

 
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by Switch-Blade | 2004-09-10 23:38 | 「外伝」第一話~第十話 | Trackback | Comments(0)

 虎の子のたった一門の大隊砲のスコープが飛び散り破壊されたとの報告が入ってきた。
P38は地上すれすれに機銃掃射を加えてきた。
第一線では引き続き我が九二式重機関銃の音がダダダダダと頼もしく撃ちまくっている。
 一瞬、カチッ・・・というような音がして重機の音が止まったと思うと、
第一線からキャタピラの音がカタカタとしてくるではないか。ただ事ではない
戸伏大隊長から命を受ける

本部付の著者(当時陸軍少尉)は、銃砲撃のの最中壕を飛び出し、衛生、経理伝令の
下士官に至るまであらいざらいかき集め約二十名を掌握。大隊本部から
主要道路北側の窪地を道路沿いに敵側に向けて前進する

 爆撃であけられた漏斗孔をいくつもまたいで前進した。
ここ数日来の砲爆撃で一帯焼野原、焦土と化している。
上空からは勿論丸見えだ敵機に狙われたらひとたまりも無い。
キャタピラの音はどんどん近づいて来る。
              伏せ!!
  道路沿いの傾斜に一同伏せる。
ボサの間から頭を上げたとたん、M3と思しき軽戦車が2台侵入してくる。
道路は狭くかつ倒木した椰子や葉、爆撃時に開いたクレーターに遮られ速度は緩慢だ。
見ると随伴歩兵が雨ガッパを背にかけ、自動小銃を方にタバコをふかしながら
「ヘイヘイ、ゴーゴー」と、わずか五メートルの目の前を歩いているではないか!
          
「クソ野郎!!」

このまま側面から攻撃したのでは全滅してしまうと判断。
戦車は歩兵を伴いどんどん大隊本部に向かっている・・・
よし!前へ廻り込もう!!  「頭を下げろ」の合図で一同来た道を再びソロソロと下がった。
我が大隊本部の辺りに来ると、敵は戦車と随伴歩兵は左第一線の背後を襲う態勢にあった
意を決する・・・よし!!ここだ!!「射て!!」一斉に火を噴いた!
大隊予備隊からもあらゆる兵器が戦車と歩兵に火力を集中した。
その時、「ドガン!」と物凄い擲弾筒の音がして、一つの戦車に閃光が光った
銃眼を潰され盲目になった戦車は停止し、乗員は天蓋(ハッチ)をあけ逃走、
更にもう一台の戦車にも攻撃を集中。  敵随伴歩兵は散乱した。
右第一線に突入してきた敵戦車二台も陣地後方湿地帯にはまり込んで
進退不能になったところを第二中隊が攻撃を加えて大破炎上。
午後三時頃サイレンの音が各地で鳴り出し、敵は撤退を開始。
再び敵の援護砲撃が始まり、午後四時頃まで続いた。
 
 かくしてマーカス岬一帯は焦土と化し、硝煙と血生臭さを残して一応は静まったのである。

 第一線は、戦車十台に蹂躙され、混戦乱闘、機関銃中隊も玉砕同様の犠牲を受けた。
今田克己小隊長が戦死したとの報告が入ってくる
夕刻に入り三々五々第一線からの生き残りの将兵が集合してきた。
誰もが激闘に惟悴しきっていた。

 小森支隊長は、飛行場確保という任務を考えて一応飛行場西地区への後退を決意し、
夜間計画通り完了した。その後、敵の動きは特に見られず、
        支隊も態勢立て直しの余裕が得られた。
 アラウエ(メッセリア)飛行場の西側で新たな布陣を行った支隊に、
     十八日 「敵の飛行場設定企画を破摧せよ」
いわば玉砕命令が、十七師団司令部から発せられ、いよいよ全軍覚悟を新たにする。
 相変わらず米軍の動きは不気味なほど平穏で、時折、偵察機が飛来する程度であったが
小森支隊長の判断で第二中隊を飛行場に残置し、主力は東側に移動し
態勢を整えることにした。
 二月九日、重ねてマーカス部隊は、「引き続きマーカス地区で最後まで敢闘すべし」
という趣旨の命令に基づき、我が第一大隊は飛行場西側に斥候隊を配置。
主力は東側で頑張っていた。
二月に入ると雨が多く、したがって患者の数も増加し、逐次後送される。
これは、マーカス岬の戦闘での疲労と不衛生によるものだろう。
 
 敵の斥候隊が出没するという。
十二月二十六日正午、突然「タラモアに向け移動すべし」との命令が大隊長に届いた
玉砕覚悟の我々は一時ためらった・・・

 ツルブ附近の夏兵団の主力は、すでに東方に向け移動しつつあるとの情報が入った。
直ちに部隊を掌握、二十七、二十八日の両日に渡りディディモップから北上を開始、
二十八日午前五時頃「ブリエ河」を渡河、
いわゆる「カ号作戦」の苦闘に入る

 ラバウル要塞構築の為の後退転進作戦とはいえ、行く先々で兵站はもぬけの殻、
敵の上陸、病魔、そして餓鬼との闘い。
ラバウルまで延々約600キロ、二ヶ月半余の悲惨極まる
「カ号作戦」の苦闘も亦、後世に伝え残さなければならない戦歴の一ページであろう。

 現在はどうなっているか分かりませんが、この戦闘は陸上自衛隊幹部学校の「戦史」の
教科書に採用されております。


 「外伝」第七話「カ号作戦発動」完  続く
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by Switch-Blade | 2004-09-10 18:43 | 「外伝」第一話~第十話 | Trackback | Comments(0)

「外伝」 第六話

もうもうたる硝煙で何も分からない

 他の壕が、戦友がどうなっているか気がかりだ
「おーい」「おーい」と呼び合うが見当が付かないのだ。
三十分も経っただろうか、硝煙がやや静まり、大地がわずかに見え始めたとたん
気が付いたなんと周辺に直径五メートル以上もある漏斗状の弾痕が
いくつもあいており、昼なお暗いジャングルがすっかり吹き飛んで
焼野が原になっているではないか!
 支隊のこれまでの損害は、戦死六五、病死十、負傷五七、行方不明十四に及び態勢を整理すると共に海上を警戒する為の部署の一部を変更。
飛行場と海岸近くの洞窟にも中隊を配置し、佐々健彦中尉率いる第三中隊が予備として
ベンガル湾地区の陣地が増強された。
 これまでの経過を、小森支隊長から第十七師団長に対し
「依然任務ヲ達成シアリ、戸伏大隊ノ来援ニヨリ士気旺盛、敵ノ砲撃ニヨリ
マーカス半島ハ清野化サレ、糧秣ハ現地ノモノヲ消耗セリ」
と報告を行い、
 これらの戦況は上奏の際上聞に達し一月六日に師団参謀長を通じ
御嘉賞の言葉が伝達された。
一月九日も相変わらず砲撃が続き、昼と無く夜となくヒュルヒュル
シュルシュルと頭上に不気味な音がうなる。神経戦だ。

幅約五百メートル、深さ(奥行き)一キロメートルに及ぶ縦深に配置された敵の
陣地からは勿論、周辺の島々から間断なく砲撃が繰り返され、
神経も極度に衰弱していた。

 第一線から負傷兵が運ばれてきた。血と泥と汗にまみれ誰か識別出来ない。
軍医や衛生兵が忙しく立ち回る。迫撃砲弾の破片でえぐられた顔や身体が
とりあえず拭い去られると、その一人は大隊砲小隊長の友沢達已少尉だった。
歯が吹き飛び右乳はえぐられ、大腿部をはじめ数個所に破片が食い込み
顔はまったく判別できないほど変形していた・・・
(大腿部の破片は直径約1.5センチ、長さ約9センチ 転進中は毎日傷口から
膿が一合位出たとの事だ。歯は七、八本、右乳もなくなった)

 十一日 
 いつものように激しい砲撃の後敵が出撃してきたが撃退した。
敵舟艇が海岸を偵察に来るので、佐々中隊は更にベンガル湾の警戒を強める。

 十二日
 案の定アラウエ(メッセリア)飛行場附近が敵舟艇から砲撃を受けた。
いよいよ飛行場争奪戦の様相が濃くなってきたようだ

 一月十三日頃から、敵陣地方向でジープの音やら戦車の音らしきキャタピラと
エンジン音が聞こえてきた。
 戸伏大隊長は戦車の出現も予想して、
右第一線 第二中隊(酒井)(一小欠)機関銃一小隊

左第一線 機関銃中隊(加地)(一小欠)第三中隊の一小隊予備、
第二中隊の一小隊、大隊砲小隊。

その他、第三中隊の主力はベンガル、支隊本部に配置。

 一月十六日は早朝から、ノースアメリカンB25、コンソリーデッドB24(爆撃機)、
ロッキードP38(戦闘機)などが飛来、その数も次第に増加し約五十機からの
銃爆撃が始まった。
いよいよ始まったか

 一同緊張する。
ダッダッダッ!ダダダダ!機関砲と機関銃の発射音と炸裂音が
陣地周辺にこだまし、激しい閃光とともに爆弾が炸裂する。
爆風が椰子とジャングルを揺がす。硝煙がたちこめた。
爆撃機が去ったかと思うと戦闘機が機銃掃射を開始する。
次いで敵陣地から大砲と迫撃砲が一斉に射撃開始。
見る見るうちに又もやジャングルが吹っ飛ばされ椰子林は丸坊主と化した。
大隊本部周辺も直径七、八メートルもの大きな漏斗孔がいくつも開いていた。
 第一線ではあちこちで我が機銃や小銃の音が
ダダダ、ドドーン、ダダダダ、タタタタ、ドドドドと間断なく鳴り響き、
マーカス岬一帯は阿修羅と化し彼我乱れての血の決闘となった。

「運命のカ号作戦まであと41日」


戦陣の断章「外伝」第六話 完
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by Switch-Blade | 2004-09-09 04:53 | 「外伝」第一話~第十話 | Trackback | Comments(0)

「外伝」 第五話

敵兵力も増強されたのか、正月早々猛烈な砲撃を加えてきた。

 ピレロ島、クンブン島など岬周辺の島々の砲兵陣地から十五榴や迫撃砲で撃って来るらしく、
頭の上をヒュルヒュルと不気味な音を立てて、アラウエ(メッセリア飛行場)レボン、ワヌー、
ワコー、ブリエ河、はてはスギリ入り江の方まで間断なく砲撃してくる。(後方遮断を企図していると思われる。)
一月四日、今日も朝から砲撃が激しい。迫撃砲は瞬発信管なので、
椰子の葉に当たっても上空で炸裂しギザギザになった破片が横穴の壕の奥に入っていた兵が、
斜めから飛び込んできた破片に当り戦死した。
 次第に着弾が近くなってきた一斉に退避する。
大地を揺るがす爆発。
くそっ!

         壕内で歯軋りをする!!
ヘリコプターからの偵察も併用し、彼等の狙いも大隊本部附近に集中してきた。
ドカ!ドカ!ドカ!という音と共に椰子材で構築した壕が崩れ落ち、
大量の土砂で頭から埋もれた、
至近弾だ!

 目の前が真っ暗になり、苦しくて身動きが取れない。
戸伏大隊長や大隊副官の蔵岡昇中尉はどうなっただろう?
うめきながら土をかき分け、力のあらん限り椰子材を押しのけ、
数分かかってかすかに地上が見えた。
運命の「カ号作戦発動まであと53日

「外伝」 第五話完
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by Switch-Blade | 2004-09-08 16:12 | 「外伝」第一話~第十話 | Trackback | Comments(0)

「外伝」 第四話

     
マーカス岬の戦闘

 昭和十八年十二月十四日、マーカス岬附近一帯は早朝からの激しい空襲で
爆煙に包まれ、敵上陸の気配が濃厚となってきた。
当時福島鶴寿中尉の指導する我がマーカス守備隊(約400名)は、
緊張のうちに警戒を厳にしていたが、果たせるかな翌十五日午前三時頃から
ゴムボート五隻に分乗した敵が接近、所在部隊はこれを射程内に引き寄せ
一斉射撃を開始した。たちまち数隻のボートを沈めて一応敵を混乱の内に退却させたが、
その後再び海岸陣地一帯に猛烈な艦砲射撃と重爆撃を浴びせてきた。
このためわが陣地の銃座も壕も跡形なく吹き飛び、午前五時三十分頃岬の西側から
水陸両用戦車LVT二隻を先頭にしてJ・カニンガム指揮下米軍第112偵察連隊戦闘団が上陸してきた。
圧倒的に優勢な米軍に、所在部隊は勇敢に迎撃に努め、
アラウエ(メッセリア)飛行場にあった三品中尉の主力の増援を求めた。
一方午前五時三十分ラバウルを発進した海軍航空隊も、艦爆、戦闘機約五十五機で
一時間後にマーカス岬に到着し、輝かしい戦果を挙げたが、
マーカス守備隊は圧倒的に優勢な米軍を阻止し得ず苦戦を強いられていた。
このため、我が歩兵第百四十一連隊第一大隊(大隊長戸伏長之少佐)に
マーカス岬に逆上陸の命が下り、ブッシングから七隻の大発に分乗して
十二月十八日払暁、オモイ(マーカス岬北方直線約五キロ)附近に上陸し、
マーカス岬攻撃のための行動を開始した。
詳細な地図も無く砲声と方角だけが便りの出発だ。
 オモイから東進し間もなく敵が地雷を敷設しているとの情報が入る
尖兵中隊が微弱な敵を撃退、地雷を警戒しながら現地人道らしき道を頼りに南下する。
ジャングルに入るとなんとサゴ椰子とマングローブ湿地の連続である・・・
足を踏み外しては大変だ、部隊は次第に隊列が伸び、各人木の枝に摑まりながら
マングローブの根の上を渡って歩いていく。ますます湿地帯が深くなり歩行困難となった。
針路変更し再び南下するもまた湿地・・・大隊長以下あせりながら、
ジャングルとマングローブ湿地に翻弄され、いたずらにむなしい日を費やしてしまった。

 マーカス岬に対する反撃はニューブリテン島での初戦であり
ダンピール海峡防衛戦の一段階を画するもので各方面から注目されていたはずなので
大隊全体が将校も将兵もあせった

かくして十二月二十六日、第三中隊新谷民夫少尉率いる将校斥候がようやくマーカスの
福島隊と連絡が取れた旨、大隊長の元に報告があり一安心した。無性に暑い
 アラウエ飛行場周辺の広々とした地帯に出て気分もすっきりしたが、
曝露した一帯は危険でもあり、戦場に一歩一歩近づき緊張感がよぎる。
深いボサに近づくとすごい死臭がしてきた・・・
分け入ると軍馬らしい屍体が腐っていた。まもなく米軍の若い将兵の屍が、
金髪を振り乱して転がっていた・・・
ムラムラと敵愾心が沸いてくる、マーカスの砲声が絶えない。
曝露したこの一帯を早く通過しないといつ敵機に発見されるかも知れず、
自ずから早足になり、目的の戦場「マーカス岬」へと急いだ。

 十二月二十八日朝、戸伏大隊長は一足先に到着した歩兵第八十一連隊第一大隊長
小森少佐の元へ自ら連絡に赴き、一応帰隊した。
その日の午後大隊主力はようやく戦場に到着した。
オモイに上陸してからなんと十日も要してしまったのである。
暑く重苦しい道程であった。
小森大隊長と第一線を交代した戸伏大隊長は取敢えずの布陣を行い、
二十九、三十日の両日に渡り今後の攻撃について小森支隊長と詳細な打ち合わせを行った
一月元旦、敵と対峙し砲撃の最中でお正月を迎える

暑さと砲煙の中で正月気分どころではない。昨日空中投下で手に入る予定だった
お年玉の甘味品が午後一時頃十五箱届いたので全員が喜んだ!有難い!!
この日酒井良典中尉率いる第二中隊は前進を試みたが、
敵第一線の陣地は増強されており反撃に遭い成功しなかった。

この後著者は壮絶な戦闘を体験する事になる。

そして運命の「カ号作戦」まであと57日

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by Switch-Blade | 2004-09-08 00:00 | 「外伝」第一話~第十話 | Trackback | Comments(0)

「外伝」 第三話

 
ここ数年で、自分を含む日本人は少々弱くなっていると思う事が多々ある。
逆境に弱く、自らの手で命を絶つニュースが後を絶たない。
生きているから辛いのだ

私自身こういう言葉をよく聞かされる。
そして自分もこのように思う事がやっぱりあった。
最近自分は辛い事件が発生すると
おっ!?来やがったな、次は何だ?
と、
思うように心掛けている。
そして自分に出来うる解決策を機械的に思考し始める。
これによって「何で自分はこうも運が悪いのだろう」と考えてしまう
ネガティブな発想が激減し、問題に立ち向かうように身体が動いてくる。
事故、事件、詐欺、リストラ、病気、借金、鬱、裏切り、虐め、
上げたらきりが無い!
世の中が辛いのは当然、だから楽しい事、うれしい事が記憶に刻まれるのである。
人間はこの世に生まれて来た時から、すでに死に向かって歩んでいる。
私は、自分が死ぬときに「ああしとけばよかった、こうしとけばよかった」と
後悔しながら死んで行く事を大変恐れている。
何が起ころうと精一杯生きていく事にした。
私の兄妹と友人は難病患者であるが、彼らは精一杯今を生きている。
       
                                  by Switch-Blade

戦陣の断章「外伝」第三話


私が久留米の士官学校で将校生徒として訓練を受けている時の話。
週に一回、講堂で中隊長の精神訓話がある。
われわれ候補生の年齢は20~24歳、中隊長は29歳ぐらいか?
勿論、陸軍士官学校を優秀な成績で出ていると思う。
厳かな口調でやる訓話の威厳のあること。
当時は年上だし、年齢のことなど考えなかったが、
今にして思うとどうしても現在の若者の歳を重ねてしまう。
精神訓話の最後には、毎回自分で作成した次の言葉を全員で唱えさせられる。

 勅諭に生き勅諭に死す。われは皇軍の禎幹(ていかん・鏡の意)たり。 
自ら信じ、自ら任じ、自ら重んず。

  勅諭とは軍人勅諭を言い、
明治15年1月4日に陸海軍軍人のあり方を懇切に教えたもので、長文なものであった。
これはわれわれが学校に在学中から覚えさせられたので、
覚えるのにそれほど苦労には感じなかった。
 下士官以下は、その中の次の5ヵ条だけ覚えればよかった。
 1 軍人は忠節を尽くすを本分とすべし
 1 軍人は礼儀を正しくすべし
 1 軍人は武勇を尊ぶべし
 1 軍人は信義を重んずべし
 1 軍人は質素を旨とすべし

 この勅諭は、前段に軍隊が出来るまでの経緯。
神武天皇ののころから軍隊は天皇自ら統率してきたという趣旨から
700年余武家政治になり、大政奉還で遂にもとの
天皇の軍隊に戻ったということが縷縷述べられ、
次に5カ条の説明になり、最後の結びとなります。
 全文実に名文で、5カ条のうち
礼儀、信義、質素の項は今の社会にも通じる内容でした。
 
 今、校則がうるさいとか、なにかと縛られるのをいやがりますが、
それが果たしてこれが民主主義なのか?と思ってしまいます。
やはり昔人なのでしょうかね。

  第三話 完
 

          
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by Switch-Blade | 2004-09-07 15:55 | 「外伝」第一話~第十話 | Trackback | Comments(2)

「外伝」第二話

 私は幸い高等司令部(師団司令部など)に短い期間でしたが
勤務(専属副官ーいわば中将閣下の高級当番)した経験がありましたので、
兵隊さんは勿論、中隊長クラスでもあまり知らないことを経験しました。
つまり・・大きな組織しかもジャングル地帯に広く配備された
数多くの連隊を意のままに動かすには、当然「命令」をくださなければなりません。
一般には「すすめー」とか「右へ行けー」ぐらいにしか考えていないのではないでしょうか。
戦中の女性、兵隊さんでも知らないと思います。
 「命令」は謄写版刷りの文章でやります。
作戦命令でしたら作戦参謀が起案します。閣下が赤鉛筆で自分の意図で朱を入れ、
私が清書して隷下部隊数だけ印刷して高級副官が部隊の命令受領者を集めて交付します。これで初めて各部隊が動き出すのです。この間せいぜい30分、
いかに軍隊の行動が迅速であるか分かるでしょう。
軍隊が常に迅速正確をモットーに訓練されているかが分かるでしょう。
戦場には謄写版や歯科の治療台その他内地での生活が出来ると同じものが
外地の戦場にもなんでも運んでいるのです。
もっとも毎日の敵の爆撃で相当吹っ飛んでいますが・・・。  
参謀にも分担があり後方参謀,兵器参謀・・と上になるほど分化します。
方面軍司令部などは第1課、第2課に分かれていてそれぞれ課長がいるのです。
大体閣下なる方は陸軍大学校をでていて、
在校中に命令などをいかに簡潔明瞭にするかの教育を受けています。
参謀も同様ですが、その起案文にまた朱をいれて要点を漏らさず簡潔に直す
頭脳には感心した次第です。
上には上がいるものだと脱帽しました。閣下は皆参謀を経験します。
名参謀が名閣下になるのでしょう。今村大将は陸大をトップで卒業、
恩賜の軍刀組です。そのような方を最高司令官し頂いたわれわれは幸福でした。



 上記に登場した今村将軍少し書いておこう。
陸軍大将 今村均  ジャワ攻略に第16軍司令官として登場した。
(詳細な経歴は省略させて頂く)
現地住民を苦しめる戦術、そして政策を一切行わずに、巧みな謀略戦と現地住民の協力を得てジャワ島攻略に成功。
日本軍によるアジア解放を真剣に本気で考えていた将軍である。
占領地の軍政についてそれらは史実として残されている。
日本はアジア解放の為に開戦したが、多くの占領地では圧政を求める軍人が多くいた。
しかし今村将軍にとっては自軍の将兵も敵軍の将兵も、
不幸にも戦地となった現地の人も同じ人間であった。
ジャワ島の軍政で証明されている通り、占領地の現地人に強制労働もさせずに、
自由に解放し武器の携帯をも許し、第一にオランダの植民地支配から、
ジャワ島を独立させる事を考え、そして実行した。

そしてジャワで圧政を敷いていた敵軍であるオランダ人にも職を与えていた。

このことは軍中央からかなりの反感を買ったことは言うまでもない。
「厳しく圧政せよ」と命令されても方針を曲げる事無く頑として自身のやり方を貫いた

インドネシア初代大統領のスカルノは、当時独立運動の指導者として
オランダ政府によって投獄されていたが
今村将軍は彼をすぐに釈放してこう言った・・・(ほんとうの話なんだよ)
「これからは貴方は自由の身です。日本軍に協力するか中立立場を
取るか、どちらでも貴方の意思です。仮に日本軍に協力しなくても貴方の財産と生命は完全に保証します。

この言葉によってスカルノは日本軍政に協力を約束したのである。
終戦後、今村将軍は軍事裁判のためにジャカルタの刑務所に投獄された。
もっぱら死刑との噂が広まっていたところに、
スカルノの密使が面会にきた(勿論身分を隠してだろう。)
もし死刑が確定なら刑場へ向かう途中インドネシア独立軍があなたを奪還します
これに対して、今村将軍はなんて言ったと思う?
それはね
自分の為にインドネシア独立軍とオランダ軍が交戦するのは
忍びない、また日本人としてそのような形で生き延びる事は不名誉と考えます。

こうしてこの申し出を断った。
事実、今村閣下に対して酷評する人物はインドネシアには今も皆無である。
終戦後も今村将軍は破滅(自決)に走らず、卑屈にもならず堂々としていたという。
裁判では自らの行いに自信を持ち無実を主張し戦争犯罪の主張には
一歩も引かず反論した。裁判長が妥協を??促しても拒絶し心証を悪くしても
平気であった。。

       「外伝」と共に続く

  第二話完

  日本人の生き様を見させて頂きました。有難う御座いました。by Switch-Blade
ps 「ムルデカ」という映画を観てみましょう。。
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by Switch-Blade | 2004-09-07 03:56 | 「外伝」第一話~第十話 | Trackback | Comments(0)

昭和16年12月8日

 朝から勇ましい軍歌の音楽と共に開戦のニュース。
よくTVなどでやっているでしょう。
私はまだ在学中でしたが、丁度その日は徴兵検査の日でした。
偕行社(陸軍軍人の集会所)で、行かはれ晴れて甲種合格
 帰りにローズハウスという行きつけの音楽喫茶店に寄り、
彼女に頼んでベートーベンの「運命」を掛けてもらいました。
第五運命はその後何回聞いたか分かりません。
よく音楽友達と、「トスカニーニ」だ、やれ「フルトベングラー」だ、「ワインガルトナー」だ
「ローゼンシュトック」だ、などと指揮者によって曲の表現の仕方が違う!
などと議論し合ったものです。
 話は戻りますが、徴兵検査の後、音楽喫茶店で懐かしい音楽を聴いていたなどという
話はまだまだ古き良き時代の名残りでしょうね。
その喫茶店は今はもうありません

そこにいた彼女も亡くなりました。

しかし「運命」の曲は、今でも第一楽章から、第四楽章まで憶えています。
私の青春時代の思い出です。おなぐさみでした。

  貴君からの資料で零戦の事が偲ばれました。
ラバウル西北の「ラクネ」というところで、出動待機をしている時、
ラバウル東飛行場(これが世にいう「ラバウル海軍航空隊」の基地)から
飛び立った零戦と一式陸攻が、丁度「ラクネ」上空でぐるぐる旋回しながら
編隊を組み雁刑になると東南方面に向けて出動して行きました。
ブーゲンビルかガダルカナル方面に行くのでしょう。
海岸に出て、思いっきり「頑張ってこいよ!!」と叫んだものです。
果たして何機が戻ってくるのかと思い、
つい涙が出たのを憶えています。

 「ラクネ」上空ではよく空中戦をやっていました。
高度が高いのでどちらが敵か味方か判りませんが、
片方が撃墜され落ちてきます!日の丸がついていると、
「畜生!!」と思ったものです。
空の戦場とはこういうものなのです、一機一人が失われたのです。

 第一話完  続く


<日本の航空機開発ならび空戦については、
 柳田邦夫著「零戦燃ゆ」に詳しく書かれている。
 色々な史実や叢書と、「戦陣の断章」の著者の記録と
 照らし合わせてみると、大きな誤差などは殆ど無く
 読んでいて緊張感すら覚えてしまう。>
 
                               by Switch-Blade

新!戦陣の断章
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by Switch-Blade | 2004-09-06 21:25 | 「外伝」第一話~第十話 | Trackback | Comments(0)