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 主抵抗陣地の直前に陣地を占領し、たえず陣地内に侵入して攪乱行動をする日本軍は、
米軍にとってわずらわしい存在であった。そこで一月初頭、米軍は既述のように
三回出撃して攻撃してみたが効果は皆無。戦車と航空支援を増加して
強力な攻勢を実施する事を考えた。
フィンシハーフェンから海兵師団の軽戦車(M3系)一個中隊がマーカスに到着。
この戦車は南太平洋地区で頻繁に使用されていた。
三日間の歩戦協同訓練ののち一月十六日午前六時を期して
攻撃が開始されることになった。
五十九話に両軍の配備要図が期されているので参考にして頂きたい。
当然、大隊は戦車の出現を予想していた。十三日ごろから戦車らしい機関音が、
岬の先端から聞こえていたのである。大隊は捕獲した対人地雷約三十を
戦車の主攻を予想する左第一線中隊正面に埋めた。
地雷の数が少ないので右第一線中隊の正面は、捕獲した有刺鉄線を一条張った。

 一月十六日は、日本の内地を思わせるような好天気であったが、
早朝からB-25を主体にB-24、P-38など約五十機による爆撃が始まった。
地軸を揺るがす炸裂音、壕内に吹き込む爆風、閃光で、狭い陣地は覆われた。
およそ二十分ほどの爆撃であった。すでに外伝では既述ではあるが、
戸伏大隊の将兵には二時間にも三時間にも思われる長い時間に感じられた。
爆撃が終わると戦闘機による掃射が始まった。それと呼応するように
砲兵と迫撃砲による集中射撃が開始された。


※参考文献 引用
・戦史叢書 南太平洋陸軍作戦1~5
・「戦陣の断章」及同著「マーカス岬の戦闘」
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by Switch-Blade | 2005-05-15 16:26 | 第五十一話~第六十話 | Trackback | Comments(0)

「外伝」第五十九話補足

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対峙した両軍の配備
戸伏大隊は次のような配備にあった。
右第一線 第二中隊(一小欠)、機関銃一小隊。
左第一線 機関銃中隊(一小欠)、第三中隊の一小隊。
予備 第二中隊の一小隊、大隊砲小隊。
第三中隊の主力は、後方のベンガル、支隊本部地区に配置されていた。


<著者追記>
岬の中央に細い道路があり、わが方から見て道路左側の海には断崖絶壁となり、
右側は海まで湿地帯です。日米両軍とも湿地を避けて布陣しました。
メツセリア飛行場予定地はこの地図ではずっと右方向です。
右第一線は酒井隊
左第一線は道路を挟んで加地隊
佐々隊は予備隊としてずっと後方の海岸寄り、戸伏大隊本部は道路右側で
酒井隊のずっと後方に布陣しました。
酒井隊から大隊本部までは道路を境に右下がりのゆるやかな傾斜です。
一面椰子と雑草のジャングルに覆われていました。

この要図でも判るように、敵第一線戦車群との距離は1~1,5キロですから
敵陣の動きや戦車の音などもある程度聞こえました。
特に夜は遅くまでカタカタコトコトと遅くまでよくやっていました。
両軍とも長期間にらめっこの持久戦です。

昭和19年1月16日 敵もしびれをきらした(?)のか、いよいよ朝から空からと
地上からと一斉に砲爆撃を開始。既報のとおり彼我の激烈な戦闘が開始されたのです。

小さな岬ではありましたが、ニューブリテン島への敵上陸は、
ここが初めてでしたから上層部も重要視していたわけです。
それだけに、われわれもその意を汲んで緊張しました。  


<著者から当時の詳細を送って頂きましたので掲載致します。
対峙した両軍の配備と照らし合わせてみてください。>
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by Switch-Blade | 2005-05-01 16:17 | 第五十一話~第六十話 | Trackback | Comments(0)

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戸伏大隊の来援により士気旺盛、敵の砲撃によりマーカス半島は青野化された。

当日の小森支隊の損害は以下の通りである。
戦死 六十四名(うち将校三名)
戦傷 五十七名(うち将校一名)
不明 十四名
合計 百三十五名

この間、連日米軍の猛爆にさらされていた小森支隊は、一月十一日以降さらに海上の
連合軍の動きが活発化したため、海岸方面の配備にも苦心しなければならなかった。

一月十一日
いつものように激しい爆撃の後、敵が出撃してきたが撃退
敵の舟艇が海岸を偵察した。敵の上陸に備えて佐々部隊(歩兵百四十聯隊第三中隊)
を、この正面に配置し、ベンガル湾地区の陣地を強化。
一月二十日
更に敵の上陸に対して準備したが、状況の変化は無かった。
昨夜、師団司令部からの通信で、福島部隊の転用を要求してきた。
今朝部署の一部を変更。
中原少尉が1200に帰来し、海上輸送は昨夜異常なく完了した旨を報告、
救われたような気がした。これで暫くの間は糧秣の心配は無くなった。
帰りの便で患者二十名を後送。メッセイアは敵舟艇の砲撃を受けた。
配備変更を一時見合わせる。
一月十三日
メッセイアが砲撃された点から見て、後方増援の必要を感ずるが、
師団司令部は福島部隊をイボギに送れと要求。どうしてよいか解らぬ。
(小森日誌より)

師団司令部の福島部隊抽出の狙いは、小森支隊の後方警戒と糧秣輸送に充てるためであった。少しでも支隊の負担を軽くしようという師団側の狙いも、日々連合軍の強圧に直面している小森支隊にとっては苦痛だったのである。

※参考文献 引用
・戦史叢書 南太平洋陸軍作戦4
・「戦陣の断章」及び同著「マーカス岬の戦闘」
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by Switch-Blade | 2005-05-01 15:25 | 第五十一話~第六十話 | Trackback | Comments(0)

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さて、いよいよ戸伏大隊の攻防戦が始まる!
上記に記載されている通り、小森大隊と合流し、第一線をを戸伏大隊、後方警戒ならびに
補給等を小森大隊が引き受けるという形でまとまりを見せている。
両大隊長が旧知の間柄であった事が幸いしたものと推測する。
敵の火力は甚大、そして攻撃、攻撃と命令する上級司令部の命令に対し、

 作戦の成功は、闇雲な攻撃ではなく、粘り強く頑張って敵を封じ込める事

これこそ真の玉砕と書かれている所に注目して頂きたい。

お互いの信頼関係、善戦する事の基本ではないだろうか。
まさに現代の実生活に当てはまる事例であると、ついつい自分は考えてしまう。

                 by Switch Blade
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by Switch-Blade | 2005-04-15 02:41 | 第五十一話~第六十話 | Trackback | Comments(0)

ようやくオモイに上陸を完了して人員を再点検した。
一期後輩(8期)の00見習士官の姿が見えないという。
確かに上陸したと数人の兵がつぶやいていた。

すると・・・「ズドン」!!
   
 にぶい音がしたと思うやいなや、兵が跳んで来た。
「00見習士官殿が倒れている」というのだ。一同大騒ぎになった。
「さては敵にやられたか、敵は近いぞ」と一時緊張したが、・・・。
 
   実は拳銃自決だった。

兵に聞いてみると「そういえば船上にいる時から様子がおかしかった」
 
 戦場心理とはよく言うが、恐怖心から来る異常心理に陥っていたのだろう。
可愛そうに・・敵の姿を見ないうちに死ぬとは・・・。
ジャングルの中で指を切りとって形見とし、あとは埋葬してその場を去り、
マーカス岬へと急いだ。ここから敵が上陸した戦場までどのくらいあるのか・・・。
新谷少尉(先輩の6期)を長とする将校斥候3名を派遣して敵情を探ることとした。
その後はマングロープ群生の上を右往左往しながら戦場到達まで無用の長時日を
費やしてしまったのである。

 新谷斥候は、無事任務を果たして帰還。

敵情をつぶさに報告してくれたお陰でその後の行動は、
苦労しながらもスムースに行われて戦場に到達し、新任務に着く事が出来た。

 しかし、上陸地点について上部からの命令に逆らった上、
戦場到達に日時を使いすぎたことで、

    戸伏大隊長は懊悩した。

結果オーライとはいえ、大隊長は後々まで責任の重さに耐えたのである。

<この後、マーカス岬で米軍と交戦し撃退するのだが、命令は命令なのである。
どれだけ軍律が厳しく、規律が高かった事が伺えるエピソードである>
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by Switch-Blade | 2005-04-13 17:59 | 第五十一話~第六十話 | Trackback | Comments(0)

 戸伏大隊が、7隻の大発動艇に分乗してブッシングを出発したのは、
まだ夜も明けきらない早朝であった。それぞれの大発は、武装をした将兵で満載である。
 先頭舟艇の小堺小隊長は、私と同期で船舶工兵の少尉。戸伏大隊長と蔵岡副官と私は、
兵と一緒にこの舟艇に同乗していた。
小堺船舶隊長はこの辺を数回往復しているので、
大隊長も海域のことは彼にすべて任せていた。

 敵に気づかれないようにエンジンはかけずに長い棹で少しずつ漕いで進んだ。
 
船舶内は咳ひとつしない静寂さで、僅か水の音がするだけだった。

 夜の扉が少しずつ迫ってきたので、小堺隊長の進言でペイホ岬に一旦上陸し、
明早朝改めて再出発することにした。
 
海岸から離れて奥の方に進むと、そこにも例の形をしたマングロープが広く張っていた。
 
この辺一帯で朝を待つことにした。
 
翌朝、又も棹で漕ぎながら7隻の大発はスイスイとマーカス岬に向かった。
数時間が過ぎた頃、

ポンポンというボートの音が聞こえ2隻の敵ボートの姿が現れた。
 
「発見されたな」

と大隊長のつぶやく声。

すると第一機関銃中隊の乗った舟艇が急に追いかけざま機銃を撃ち出した!!
こんなことをしては却って敵にわれわれの存在をしらせてしまうと判断し、大隊長は

「やめろツ!」

と大声を出したが、聞こえるはずはない。 とうとう逃げられてしまった。

 その後苦労を重ねながら接岸して7隻それぞれ上陸した。オモイという所だった。
(このことは後の米公刊戦史で、二隻とも日本軍に撃沈されたとある。)
上陸後からのことは「戦陣の断章」を参照。

 大発動艇に関しての秘話。
オモイに上陸する時私は、兵の無事に完全上陸することを見届けていた。
全員の上陸を見届け終わってからヒョイと舟艇内を見ると、いくつも便がトグロを巻いていた。
「あと船の始末が大変だろうな」と思った。人間の生理現象とはいえ・・・。

 後日談
 小堺元舟艇隊長が数年前に我が家を訪れてくれた。 長い長い思い出話に花が咲いた。
例の舟艇内でのこと。

「船乗り部隊には、こんなことは、しょっちゅうあることですよ」
                       
 


 
 
 
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by Switch-Blade | 2005-04-03 18:46 | 第五十一話~第六十話 | Trackback | Comments(0)

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戸伏大隊長の話

 歩兵第141連隊第一大隊長「戸伏長之」少佐(陸士44期)私が戦場に赴任した当時は
「戦陣の断章」の第1章にも書いたとおり立派なカイゼル髭をはやしていた。
毛は濃く両端がピンと持ち上がっており、常に毛先をもんで形を気にしていたようである。
戦闘が始まり、私が副官職について行動を共にする頃には、この動作が激しくなり、
作戦命令を自分で書くような時、セカセカしながら右手には鉛筆、左手は髭をしごいていた。
立派な髭を蓄えた大隊長はとても30そこそこには見えない貫禄があったものだ。
 マーカス岬の戦闘、カ号作戦の後、トーマに集結して一段落した頃、
突然大隊長が自慢の髭を切り落としてしまった。 周囲のものは唖然。
その理由を聞き質したようであるが、一切理由を話すことはなかった。
後ほど推測するに・・
マーカス岬に敵前逆上陸せよとの兵団長の命令に反して北方のオモイに上陸したことが、
「上官の命令に従わなかったということに自責の念があったのではないか」ということである。

    しかし命令どおり敵前上陸をしていたら全滅は必至

再度にわたる命令にもくじけずに自分の信念で実行したとはいえ命令違反は違反である。
  
    この判断は結果的には正解だった。

しかしながら、そこが旧軍隊の軍隊たるゆえんである。 
そのへんは皆さんは暗黙のうちに理解していたようである。
あの立派な自慢の髭を切り落としたということには、よほどの決心があったのだと思い、
その心中を自分流に理解したものである。 旧軍隊の「命令」と「責任」を物語る一例である。                 (戦陣の断章 著者からのコメントを掲載させて頂きました。) 

この後戸伏少佐は、小森支隊が態勢を整理して防禦に転ずる際、
爾後戸伏大隊に第一線を担当させて貰いたい旨の希望を述べた。
逆上陸が、予定地点よりずれてしまった自責の念もあり、
せめて、今後の戦闘で第一線を引き受けて働きたかったのである。
小森少佐はこの希望を快く受け入れその後、第一線の戦闘を戸伏少佐に一任。
この際、小森支隊隷下の中隊を戦闘に投入する際も、
これを戸伏大隊と並列に直轄する事無く、戸伏少佐に配属された。

戸伏少佐はこの信頼に応えるべく善戦に努めた。
「戸伏大隊の防禦編成は大変巧妙であった」と、 米海兵隊公刊戦史には記されている。

※ 参考文献 引用
・戦史叢書 南太平洋陸軍作戦4
・「戦陣の断章」及び同著「マーカス岬の戦闘」
 

 
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by Switch-Blade | 2005-03-30 20:26 | 第五十一話~第六十話 | Trackback | Comments(0)

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 師団命令を受領した松田支隊長は、この命令に基づき直ちに主力方面から一個大隊をマーカス岬へ逆上陸させる決心をした。検討の結果起用部隊はブッシング所在の歩兵第百四十一聯隊第一大隊を逆上陸部隊に充てる事にした。十六日午後には聯隊長にその旨を命令、師団司令部に逆上陸決行の件を報告した。

南東方面艦隊は方面軍に松田支隊が十六日夜同作戦を実行する旨報告が届いたので、友軍攻撃を避けるため、航空攻撃の制限を処置した。

十六日午後、逆上陸の命令を受けた歩兵第百四十一聯隊第一大隊は早速呼集を実施して人員を集め出発を準備した。しかし、急なことで大隊の全力は集結できずに集まった人員だけで出発することにし、午後十時頃舟艇への搭載を開始した。

 戸伏大隊の対する逆上陸の命令はまったくの突然で、事前の準備は何も無かった!ともかく出来上がった編成での出陣である

 月明の海上をマーカスへ
 地図の無いリーフの錯綜する海上を、以前航海した経験があるという船舶工兵の小隊長を頼りにして航行したのであるが、途中すれ違うリーフの影を敵艦と見分けがつかずマーカスの進入は、無防備に等しい大発の艇隊にとっては極めて危険であると思われた。大隊長は敵艦艇の群がる狭い海域への突入は自殺行為と判断、更に西方の海岸に上陸し爾後陸路を経てマーカス岬に進出する決心を採った。
 十八日払暁オモイ付近に上陸(マーカスから直線距離で約6キロ)詳細な地図も無く砲声と方角を頼りにマーカスへ。この際オモイ付近で敵武装舟艇2隻を撃沈する。

米海兵隊公刊史によると、2隻に乗船した19人の斥候がイトニ河方面に偵察に行き、同日同時刻部隊を搭載した日本軍舟艇7隻にペイポ岬付近で奇襲され2隻とも破壊されたとある。

 松田支隊長は、この上陸について、マーカスから離れているために再度上陸のやり直しを命じたとあるが、片山聯隊長の戦後の回想によれば再度舟艇を出したかどうかは定かではないとのことだ。戦陣の断章著者も再上陸はなかったと書いている。
 オモイ付近に上陸した戸伏大隊はマングローブ湿地の中を前進しては水の深みにはまり引き返し、また別の方向に前進しては引き返しを繰り返しながら前進していった。
マーカス岬に対する反撃はニューブリテン島での初戦であり、ダンピール海峡防衛戦の一段階を画するもので各方面から注目されていたので、焦りは隠せなかったとのことだ。



※ 参考文献 引用
・戦史叢書 南太平洋陸軍作戦4
・「戦陣の断章」(出版物)および同著者作成小冊子「マーカス岬の戦闘」
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by Switch-Blade | 2005-03-17 15:52 | 第五十一話~第六十話 | Trackback | Comments(0)

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 早朝からの激しい爆撃にさらされた昭和十八年十二月十五日、マーカス岬一帯はもうもうたる爆煙に包まれていた。そしてこの空襲は「敵上陸」の前兆としてマーカス守備隊約400は、警戒を厳にしていた。十五日未明、岬の基部があるベンガル正面にゴムボートの一群が接近してきた。
米海兵隊公刊戦史によれば15隻とされる。ボートの騒音で、福島中隊の本部、一個小隊および海軍監視隊は即時緊急配備につき、射程内まで引き付け一斉に攻撃を開始した。この攻撃により数隻のボートが沈没したとされ、米側の記録では12隻とされている。このとき対空砲の海軍十三粍機銃の射撃が極めて有効であったとされ、午前三時三十分の頃であったとの事だ。ちなみに当時当日の日の出は午前四時四十分日の出の50分まえである。この後米軍は再び海岸一帯に激しい空襲と猛烈な艦砲射撃を加えてきた。このため海岸陣地は跡形も無く吹き飛び、陣地に留まる事は、困難な状況であった。そして午前五時三十分頃、水陸両用戦車LVT2隻を先頭に上陸してきたのである。これはカニンガム准将指揮下米軍第112偵察連隊戦闘団であった。所在部隊は邀撃に努めたのだが、阻止することは出来ず各部隊間の連絡が途絶えてしまった。圧倒的に優勢な米軍戦力に対し効果的な処置を見出し得ないので、攻撃を再興すべくデイデイモップに後退、近く進出を予想される小森大隊と合流した。(この頃までの負傷者は約90名と記録されている)
海軍航空隊の奮闘も忘れてはならない。
索敵に向かった陸偵から「敵ハ駆逐艦七、潜艇ニ、海上トラック八、大発(舟艇)十、マーカス岬ニ入港中、上空ニハ戦闘機四、高度四千。」との報告あり。邀撃作戦の発動を下令した。
艦爆、戦闘機約五十五機という圧倒的に不利な戦力ではあるが、上空援護中のp-38を排除しつつ攻撃を敢行。輸送船、巡洋艦、駆逐艦、上陸用舟艇、撃沈、炎上合計約五隻の戦果を上げている。



※ 参考文献 引用
・戦史叢書 南太平洋陸軍作戦4
・戦陣の断章および小冊子マーカス岬の戦闘
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by Switch-Blade | 2005-03-08 22:37 | 第五十一話~第六十話 | Trackback | Comments(8)

 連合軍の細部計画(マーカス方面)
マーカス岬方面
上陸兵力
第112偵察連隊戦闘団(歩兵二個大隊、砲兵一個大隊、工兵一個大隊、工兵一個中隊、高射機関砲二個中隊、その他)予備兵力 歩兵第158連隊第二大隊。
任務
グッドイナフ島から発進、12月15日アラウエ(マーカス岬)に上陸し、
1、軽易な海軍施設のための地域を占領。
2、イトニ河谷がグロスター岬戦の補給路として使用できるか否か偵察。
海上輸送、輸送
海上輸送は高速船によることとし、LSD一隻、豪軍輸送船一隻、APD二隻充当。爾後の補給はフィンシからLSTによる。上陸地点はリーフのため、水陸両用トラクター大隊の一個中隊が配属された。LVT-1(名称 アリゲーター)29隻とLVT-2(バッファロー)10隻を有す。またアラモ軍からも工兵舟艇海岸連隊の一部が配属された。海上援護と上陸支援のため、駆逐艦10隻その他哨戒艇、駆潜艇等が充当された。
航空支援
アラウエ(マーカス岬)に対しては日本軍に警戒させないために、進攻直前まで攻撃を避ける方針がとられた。


こうして、昭和十八年十二月十四日早朝から同地区に激しい空襲が行われ、マーカス岬一帯は爆煙に包まれた。マーカス岬に対する攻撃がいよいよ開始されたのである。


追記 
LSD ドッグ型揚陸艦
LST 戦車揚陸艦
APD 側方偵察レーダー
LVT 水陸両用装軌車(揚陸強襲艇)

※参考文献 引用 
・戦史叢書 南太平洋陸軍作戦4
・戦陣の断章ならびに同著者作成小冊子「マーカス岬の戦闘」
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by Switch-Blade | 2005-03-03 19:01 | 第五十一話~第六十話 | Trackback | Comments(0)