三一特根

マニラ攻防戦。
海軍は三一特根って部隊が激戦を繰り返していた。
陸軍の命令とは異なるため共同歩調はとれなかったのは云うまでもない。

全滅、玉砕、とか甚だ情報に精通していない不正確なサイトもあるのだが、
まぁ若い搭乗員を逃がす為にお役にたったと云うべきか。
全員玉砕とされていた三一特根震洋特別攻撃隊は山に逃れた若い搭乗員からすれば、
全滅に見えただろうし内地に帰還して素晴らしい働きを見せた事だろう。

しかし震洋特別攻撃隊は全滅してはいなかったのが事実。
悲しいかな、自分の祖父は戦死したのだが、数名だが生還したかたがおられた。
祖父の最後をその目で見た方だった。

祖父はその時すでに35歳。
若い搭乗員を内地に返す作戦だったわけだ!
よくある映画など、なにも若い者だけが神風ではないのである。



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# by Switch-Blade | 2017-08-02 01:03 | 南太平洋関連情報の場 | Trackback | Comments(0)

バンカラ

 彼はかなりのバンカラでありました。
警察も憲兵も気にしない程のバンカラだったのです。
警察官など笑って見過ごしたバンカラ!!
まぁバンカラなんて言葉だれも知れねえだろうねぁ!
若き日のバンカラが久留米予備士官学校にとは!
そしてマーカス岬の戦闘を戦い抜き無事ラバウルに集結し無事復員。

 


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# by Switch-Blade | 2016-12-19 23:47 | 戦陣の断章 | Trackback | Comments(4)

パプアニューギニア

一言、パプアニューギニアと言ってももの凄く広い。
で、ニューギニア方面に出向いている人にメールしてみたら、
2年前に帰国していたとの事で詳細は掴めず。
ニューアイランド島付近との事だが、ニューブリテン島はそれなりの被害は有ったはずか?
ポートモレスビーは何ともなかったそうだ。
ニューギニア、パプアニューギニアと云っても、もの凄く広大なので結構迷う。



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# by Switch-Blade | 2016-12-19 22:56 | 「外伝」ニュース | Trackback | Comments(0)

パプアニューギニア

 ニューアイルラド付近でこれまたデカイ地震が起きたそうだが、現地の状況が気になるため、
ニューギニアのNGOに連絡してみるとしよう。


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# by Switch-Blade | 2016-12-17 23:35 | 「外伝」ニュース | Trackback | Comments(0)

「外伝」五十五話で既に記している通りではありますが、
少々補足として書き込みをさせて頂きます。

西部〜東部に至ニューブリテン島での総司令部、要するに「今村閣下率いる第八方面軍総司令部」では、
戦闘中将兵の玉砕及び自決を厳しく禁じており(これは証言、公刊叢書並びに様々な資料に基づく)
今村閣下の命令で「玉砕禁止」(玉砕待て)が発令されたことは事情通の方々はご存知かと思います。
終戦後所謂敗戦後以前にこの命令は第八方面軍総司令部として全部隊に発せられたものであります。
様々な憶測を利用し利益を得ている方々は、先ずこうした発令された総司令部の資料を吟味し、
且つそれに基づく情報を日本国民として精査しこれを認識頂きたく存じます。

故に、如何にどのような著名人として在らせられる方々の「各証言」等は、
その総てが事実では無いとと云う事をここに記します。
これは総司令部から打電された命令に基づき、米海兵隊、オーストラリア軍も認識している事項であります。


本日はここまでで失礼致します。


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# by Switch-Blade | 2015-10-21 21:28 | 戦陣の断章 | Trackback | Comments(3)

 何とか再開の目処が立ったかなと思っておりましたら、
今度は親族が他界しましてまた暫く更新出来る状態ではなくなってしまいました。
いつも閲覧して頂いている皆様には誠に恐縮でありますが、
どうか気長にお待ち頂ければ幸いであります。
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# by Switch-Blade | 2015-10-03 15:01 | なんてことはないお話 | Trackback | Comments(0)

 再開すると言った割に更新が滞ってしまい、わざわざ足を運んで下さる方にお知らせ致します。
大変申し訳ないのですが、現在記事を投稿する時間を作れず少々困っている状態です。

恐らく状況解決まで1週間程掛かりそうですので「またまた」ではありますが暫しお待ち下さい(__)
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# by Switch-Blade | 2015-06-04 13:12 | なんてことはないお話 | Trackback | Comments(0)

 ココポ南南西〜ジャッキノット湾岸〜ズンゲン周辺でかなり大きな地震が続いていることは周知の事と思います。ニューギニア方面ソロモン方面然りかなりの頻度。このブログの方面ですので現地の状況など気になります。
以前から花吹山の火山灰に悩まされていた旧陸海軍も想像を絶する地震だった事でしょう。
数年前の事ですが、それを肴にやれ噴煙見ながら釣りだ!温泉だ!などと云う不埒な番組もありましたなぁ。

何も知らずキャッキャはしゃいで万歳クリフを海側からガイドに「写真撮ってぇ〜」と同等です。
ちなみにご存知ですか?現地の船頭は高確率でそのような撮影を拒否するんですよ。
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# by Switch-Blade | 2015-05-06 13:12 | 南太平洋関連情報の場 | Trackback | Comments(0)

  昭和十五年八月一日、兵備大改正により同九月一日宇都宮において新設。
師団長は初代、上野勘一郎中将、二代は李王垠中将、三代目中野英光中将(十六年十一月より)。通称名「基」と命名された。
 第五十一師団は昭和十六年七月動員、関東軍の隷下に入り満洲東部正面に向かい内地を出発したが、途中八月九日「関特演」の打ち切り決定に伴いその前進目標を錦州に変更され同地に駐屯。九月十八日、第二十三軍の戦闘序列に入り広東へ移動。第十八師団と交代して広東東方部から珠江東岸の守備に任じていた。昭和十六年十二月、師団の一部は香港攻略戦に参加。十七年七月「従化滃源作戦」に参加し同年十月南太平洋への進出が決定すると守備を第百四師団と交代してジャングル地帯の山地戦及び上陸作戦訓練に専念する。

そして「捜索第五十一聯隊」は、第五十一師団隷下の捜索聯隊として昭和十五年七月宇都宮騎兵第十八聯隊において編成された。(同時に騎兵第十八聯隊も捜索第十四聯隊に改編されることになる。連隊長は杉本素雄大佐)初代聯隊長は宮脇中佐。のちに佐藤次郎大佐となる。
 編成は聯隊本部と五個中隊。聯隊本部には五個分隊よりなる通信班、指揮班、行李班、対空班があり、第一中隊は乗馬中隊、第二、第三は車両で行動する歩兵中隊、第四中隊は軽装甲車中隊、第五中隊は車両中隊であった。
昭和十六年七月二十五日、動員下令、編制完結。八月三日、部隊通称名「基二八〇五部隊」と称した。


つづく
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# by Switch-Blade | 2015-04-09 14:50 | 戦陣の断章 | Trackback | Comments(0)

さぁ!再開しよう!

 あれからかれこれ何年経った事だろう?
その書籍との出会いは新宿の古本市だった。機材の選定にフラフラと歩いていたとき開催されていたのだった。
普段そうした催し物は必ずチェックしていたのだが、当時その数日は何かとてんてこ舞いで見逃していたのだ。
よし!と仕事を忘れ隅々まで物色する意気込みで会場に入った。
とにかく当時のニューブリテン関連資料と祖父のマニラでの作戦資料を探さねばと想いつつも仕事用で使える書籍にも目がいってしまう。
とても一日で探しきれる広さではないのだが、家近なのがせめてもの幸運だった。
 
 運良く一冊の書籍を発見しページをめくるとこのサイト関係の書籍でしかも師の名前が記されている!
書き込みがされていたがそんな事は関係ねえとカゴに入れる。
知らず知らずのうちにカゴが膨れ上がっていたので目星を付けた書籍は奥に隠してその日は仕事に戻る事となった。
 しばし落ち着いた頃一本電話をする。
「じつはこのような本を見つけしてご存知ですか?」と尋ねると、「勿論です。兄弟聯隊ですよ。筆者も勿論存じています。」との回答。「彼は足をやられましたが奇跡的な復員後に義足を付けたのです。戦後何度かお会いしましたよ。歩くたびにガシャンガシャンと義足が鳴りましてね。それは凄い迫力でしたよ。随分と逢っていませんから電話してみます」とのことでその日は受話器を置いた。
後日尋ねてみると残念な事に既に鬼籍に入られたとのことだった。残念である。

そこで氏の書籍に書かれていた事なのだが、「小森、佐藤支隊の動静についての記述が少なく…」とあったので、これから数回に分けて記して行こうと思う。


「受信音にしかと心を秘そめつつ鉛筆動かす無心の境地」 十八年作
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# by Switch-Blade | 2015-03-22 15:13 | 戦陣の断章 | Trackback | Comments(0)

訃報

本日はとても哀しい報告をしなければなりません。

今月七月十三日、20時30分頃、当HP「新・戦陣の断章~SAMURAI SPIRITS」の
主人公で久留米第一陸軍予備士官学校(七期)塚本博利氏が永眠致しました。
その姿まさに大往生であり眠る様に息を引き取られました。

当ブログから寄せられた様々なコメントに対して心より御礼申し上げます。
最近はHPを通してご自身の母校、現、陸上自衛隊幹部候補生学校から当時の資料について連絡を頂いた事は、氏にとってに大変誇りに思った事と思います。

私たちの尊敬すべき先人がまた一人旅立ってしまいました。
最後まで常に志し高く生きた氏の生き様はまさに「尊敬」以外の言葉では表しきれません。
見習うべき先人の魂に敬意を表し、哀悼の念を込めてここに記します。

黙祷
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# by switch-blade | 2014-07-16 14:27 | 「外伝」ニュース | Trackback | Comments(2)

WAR!WAR!WAR!!

 あきらかに煽ってる奴らがいるなぁ〜
戦争は地理と条約の絡み合いだから概ね望んではいない事ってのも誰も教えない。
しかし、やられっぱなし状態を変える事は必要だと思う。
近隣の知人と会話しても年齢層で回答が違う。
美味く戦後の日本を味付けした諸国には軽蔑の念が絶えないのだがな。
金がなければATMのJAPANに。
文句を言えば金を払うATMJAPAN。

そんな馬鹿どもに一言(ひとこと)言っとくが、

てめえらで穴拭けねえ素晴らしい国家達にもの申す。
貴台国達は恥も、根性も、誇りなんてのもありはしない政治家に誘導されているだけなのだ。っうことをね。
まぁこんなこと誰でも知っている事なんだよ。日本の普通の世代はな。
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# by switch-blade | 2014-03-07 17:50 | なんてことはないお話 | Trackback | Comments(0)

 当ブログ、なんだかんだで早10年の月日が流れました。
途中度重なる海外出張やなんだかんだで更新出来ない時期が結構ありました。
で、このブログに限って云えばリンク切れが結構ある事に気付きましたので「時間を掛けて」順次修正致します。
しかしまぁこの10数年は各サーバ会社が軒を連ねては消えて行くといった次第でしたので往生しました。
ようやく安定した感有りの今日この頃で御座います。

新年の挨拶には遅すぎですが本年も宜しくお願い申し上げます。
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# by switch-blade | 2014-02-16 17:28 | 戦陣の断章 | Trackback | Comments(3)

トーマ集団

 仕事も一息ついたところで(早いよ…手抜きだろ!さぼってんじゃねえ!)

色々と検索してみるとなんとも奇遇なHPを発見してしまった。
連絡用メルアドが無かったのが残念だったが隅々まで閲覧する事にした。
ひっそりとしてスマートなそのサイトは、マーカス岬の戦闘の事や、その戦闘を模範にした訓練の事などが綴られていた。そしてトーマ集団で様々な活動をしていた事が解ってきた。しかも復員船も同じ。
勿論約10万人がそれぞれの集団にわかれて復員までの自活をしていた場所だから

「そんなの偶然でもなんでもねえよ」と思う方も当然いるだろう。

各集団やトーマ集団が現地で様々な娯楽を行っていた事は前述なのだが、それが本当に近い事が解ってくると、なんと云うか「善いインターネッツだな」と思ってしまう。

方面軍直轄であったその方のサイトには前線は激戦中だったから情報の違いは少々あったのだが、とても近くに居た方なのだなと感慨深くなってしまった。

そう。
我々に必要な言葉は何か?

「よくぞご無事で…」

これに尽きるのではないか?
自分はそう認識している。
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# by switch-blade | 2013-02-25 17:28 | 南太平洋関連情報の場 | Trackback | Comments(4)

不思議な事だ

 平和を望む者が実は街で大小の武装をして好戦的で有り、戦闘を好む者の殆どが心身の鍛錬に励み戦争を回避する事の研究に没頭すると云う事を。これらが誰か想像してほしい。

 
実は何も不思議ではない事なのだ。
話は飛ぶよ。

過去、幕府と云う体制が存在していた頃から、様々な藩は海外の「もの」を珍しがり、受け入れ、それに賛同、もしくは流される人が多くいたと云う事が事実なのだ。その価値の解らない者達をたらし込み不適正価格で武器をどんどん売りつける。様々な不平不満を持つ藩や個人的なグループが様々な思想を吹き込まれては反発を始める。「武器が有れば打倒出来るかもしれない!否!打倒するのだ!」と。結果国内で所謂内戦という最悪な戦へ導き、同国民同士の殺し合いをさせたこと、しかし、上層はほぼ無傷、傷ついた者はその部下と一般市民である。勿論例外も沢山有る。
しかしまあなんだな。自分たちの古い武器売り、用兵を教え、他国を内戦に誘導するとはひどい話だ。

一応追記しておくけど、かなりはしょって書いているので多くの例外もあると云う事を理解し想像してほしい。



 
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# by switch-blade | 2013-01-27 18:08 | なんてことはないお話 | Trackback | Comments(0)

コメントの事なんだが、

 稀に頂くコメント。
鳥肌の立つコメントも数々入れて頂き感謝の極み。
有り難き幸せ。

さて、大雑把に僅か70年以内の出来事の断片を綴るこのブログ。
それを永いか短いか?古い昔の事だ?否、世界は数百年単位だ!と意見は様々であろう。
従って、人気など関係ない我らが圏外ブログにコメントを下さる方は多様ではあるのだが、関連性の無いコメントに対しては基本無視。
なぜなら、「関係者、身内の消息を知りたいと切に願う方々。」意外は無礼な方が多いのが現実。
彼の地で自身の身内や友人の消息を探している、もしくは場所を知りたいとの切なる願いを寄せてくれる方々にはきちんと返信している。若干遅くなる事もあるが、内容によっては仕事そっちのけになってしまう。
私は労を惜しまない。

 しかし如何せんこのネット時代。
カタカナの名字だけで知りませんかとか?調べて下さい?資料を送信して下さい。戦時番組を創りたいのでご協力を!(これが一番嫌だった。)とかはもうね、やっぱり無理。怪しすぎるし、本気度薄い。返信出来ない。
ん〜これ高名な方々に多い傾向。この国には戦後何十年も行方不明戦死扱いって事で精神的に苦しんでいる方々がもの凄くいる。戦没場所が解らないって方々ももの凄い数なんだ。
彼らに失礼である。

勿論例外もあるから理解して頂きたい。例えば小さな雑誌など甘く見てはいけない。
彼らには内容を正確に掲載して頂いた事がある。とても感謝している。

そんな時、南太平洋というか南洋で散った私の親族に関係する地の写真を送って下さった方がいたのである。これには深く感謝している。その写真はスクリーンセーバの一枚に設定させてもらった。
ネットであるから詳しくは言えない事を前提に送られてくる実はとても近い存在の方々からのコメントははっきり言って超嬉しいのである。感謝の極みである。(涙がうるうるであった)

 私は平和を望む。
故に身体をなまくらにしない。壊れるまで鍛錬する。
声高に平和を唱える人は信じない。希望的観測と違う人だからだ。
そう。決まってるわけ。この世に平和など存在しない。宗教と人種で争わせて物を売る。
介入したりしない争いが高額を生む。
解るかね?見せかけだけのこの国の平和。

 人間、厳しい方が引き締まるのだよ。



だがしかし、こまっている方々のコメントは勿論大歓迎!!
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# by switch-blade | 2013-01-20 19:11 | なんてことはないお話 | Trackback | Comments(0)

謹賀新年

 遅ればせながら「戦陣の断章」を代表して新年のご挨拶を発信致します。関係者の皆々様、偶然の通りすがりの方々今年も何卒宜しく申し上げます。
ちなみに現在「新・戦陣の断章」は色々とリニュアル中ですのでお見苦しいところがあるとは思いますが何卒ご了承下さい!!

 それでは本年が皆様にとって善き年でありますように!!
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# by switch-blade | 2013-01-02 17:14 | 戦陣の断章 | Trackback | Comments(0)

驚いたその言葉とは…

 かなりご無沙汰放置状態の当ブログは、殆ど本サイトの連絡用に使用しているのだが、ちょっと前の話で恐縮だが掲載してみようと思い立った。タイトルにある驚いたとある自称戦史研究家との会話がそれだ。

彼曰く、
「えっ!ラバウル、ニューブリテン島に旧陸軍は展開していませんよ!ラバウルは海軍基地ですから!」

自分
「えっ…」
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# by switch-blade | 2012-06-14 13:11 | なんてことはないお話 | Trackback | Comments(0)

The Price Remains

 以前書いた「遺骨の値段」

The Price Remains

その後の進展は無いらしい。恐らくこのブログを見ている事だとは思うのだが…
結局現代の科学ではそれが何だかを綿密に調査する事は出来ないのだろう。
しかしそれはしかたの無い事で、それ相当な予算を組まなければ確実な調査結果など出てくる事は無い。非常に残念だ。感情論で先走るからこうなる。キチンと明確なビジョンを打立てそれに伴い活動しなければならないのだ。(申し訳ないが断言させて頂く)

これ以上、戦闘経験者を苦しませるな。
これ以上、戦争経験者を苦しませるな。
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# by switch-blade | 2011-12-09 17:36 | 「外伝」ニュース | Trackback | Comments(0)

よく聞く話なんだが

 ご高名で且つ頭脳明晰集団で在らせられる各種云々法人のwebサイトには「当時を語る」と称して様々なインタビューが載せられている。それは貴重な証言であり、この国の歴史でさえ在る。
今まで口を開かなかった先輩の話を教訓に今後この国の在り方を示そうと云う事、もしくは、「忘れない!」ようにご活動している方々に対し自分は、

こうした素晴らしい活動は単純に「素晴らしい」と思う。

しかし、本人の意図する事無く自由に脚色したら意味が無い。

しかも、本人が膨大な資料を揃えてご協力して頂いているのだから部隊編成等適当に書いてはいけないと自分は思う。
例えばだ。
「歩兵○○聯隊」=×
「歩兵第○○聯隊」=○
なのである。
また、第一大隊長、第二大隊長等名称のはしょりぶりときたらこれはもう犯罪に近い。
嗜み程度の自分さえ何度も何度も修正をする事は当り前の事であるのだよ。
たかが一文字位とは云わず、キッチリと後世にお伝え頂けたらと願うばかり。
そんな自分にも様々なコメントやメールが来る。
内容はと云えば、「あの〜そこ間違ってますよ!」
これは嬉しい事だ。自分のミス、知識不足を補ってくれる素晴らしいものだからだ。

だが、こうした事を無視して掲載を続ける法人さんは、一体何を目的に貴重な資料収集やインタビューをしているのだろうか?

不思議である。
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# by switch-blade | 2011-12-05 18:15 | なんてことはないお話 | Trackback | Comments(0)

砲撃

 砲撃、もしくは銃撃され海の藻くずとなった祖父。
その瞬間、脳裏をよぎったもの、どんな事を何を考えていたのだろうか?
これは俺にとって永遠のテーマだ。
12、13期の若い将兵を後方に逃がす為、30過ぎの祖父はその任務に就いた。
一般に、所謂「○四物」「震洋」や「マルレ」「四式肉薄攻撃艇」「連絡艇」のいずれかでの出動だ。
若い搭乗員を後方へ逃がす為に、搭乗員ではない将兵を防波堤としていたわけだ。
震洋関連のサイトにも掲載されていない名前が沢山ある。
それはどの艇で出たか解らない程ぐちゃぐちゃな出撃内容であったのだろうと推測出来る。

それはいい。

その本土決戦に必要とされた搭乗員の妹さんは後の教員となり偶然にも私の教鞭をとる事となった。
しかし彼女はその事を知らず教室で皆の前で私にこう言い放った。
「○○君のお祖父さんは戦争をしていました。これは人殺しです。」と。
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# by switch-blade | 2011-07-27 19:34 | Switch-Bladeの個人的な話 | Trackback | Comments(2)

地震

 こちら関係各所無事確認致しました。
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# by Switch-Blade | 2011-03-12 17:03 | 「外伝」ニュース | Trackback | Comments(4)

遅ればせながら、

 新年あけましておめでとう御座いますm(__)m
(年明け何日経ってんだ!!!)

本年も戦陣の断章をどうぞ宜しくお願い申し上げます。
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# by Switch-Blade | 2011-01-08 16:59 | 戦陣の断章 | Trackback | Comments(0)

戦陣の断章

 旧戦陣の断章は私の知人に制作を依頼したものだ。資料等は全て著者の叢書や各部隊の書籍をお借りして更に私個人が入手した蔵書、各機関の多大なる協力の賜物であった。一般に販売されていない、もしくは絶版物を探し出し、そして同地区で戦闘経験の有る方々の正確な資料、米軍公刊戦史等々を参考にしたサイトだった。

しかし、この制作者の都合で意思の疎通が困難になり「新・戦陣の断章」に移行し旧制作者とは縁を斬る事を決心したのである。制作から5〜6年だろうか?旧版にはポップな挿絵なども掲載されているが、その制作者もぐずぐずしていたていたらくであった事はとても残念である。結果私の貧相なwebサイトに追加したのである。

責任感の欠如。否、彼らは責任感と云う言葉の意味を知らない。もしくは感じなくてよい特権の人物だったようだ。そしてあろう事かそうした人物は羽毛の様に軽く「親友」という言葉を吐く。「彼等」が使うこの軽々しい言葉が普段とても温厚な私をいとも簡単に激昂へと導いてくれる。


だが彼らにはせめて自分の足下だけを見ていればよい。そして保身を考えて幸せに生きてもらいたい。
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# by Switch-Blade | 2010-10-04 22:53 | 戦陣の断章 | Trackback | Comments(0)

 貧富の差が激しくインフラ整備も都市部のみ。
善悪が極端に分かれているその国の人々に対し、

「日本兵の骨持って来たらお金あげるよ」


だがちょっと待ってほしい。
どうしたら軍人の遺骨だと解るんだ?
誰の遺骨だか解らぬものに対して報奨金?
自分は参加していないが遺骨収集は大変な苦労だと云う事は勿論存じあげる。が、しかしせめて掘り当てた?場所やその痕跡、部隊配置等々確認する事は基本だと思うのだがどうだろう?まぁ配置や進撃経路、自決場所、敗走路など有る程度照らし合わせての事だろうから始末が悪い。(否、そこまで考えているとは思えないが)
騙す方も悪いが、騙される方も悪くないか?

もし願いが叶うなら、祖父の遺骨をマニラ湾から引き上げてほしい。
そして自分は先ずその遺骨抱え祖父母の墓へ持って行き、
「やっと帰って来たよ!!!!!!」と今は亡き祖母に語りかける。
だがしかしDNA鑑定は忘れてはならない。
海中深く没した遺骨にどのような結果が出るかと果てしなく胸を押しつぶされる感覚で検査結果を待つ。
しかし胸躍る結果が出た場合だけのみ納骨する。
誰とも知らん遺骨を入れる訳にはいかんからな。
これでいいんじゃないだろうか?


祖母が微笑んでいる。祖父も微笑んでいる。
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# by Switch-Blade | 2010-10-04 10:46 | 南太平洋関連情報の場 | Trackback | Comments(0)

訃報

 ご存知の方も多いと思います。

作家の角田房子さんが2010 年1月1日に永眠されました。
1960年代より執筆活動を開始した角田さんは精力的な取材と綿密な検証に基づく歴史小説を数多く残されました。中でも1984年に出版された「責任 ラバウルの将軍今村均」では「戦陣の断章」著者との交流も深く、当時の資料提供に協力していた事が文面から読み取れます。当時に興味のある方は一読する事をお勧め致します。

常に史実とその背景を深く洞察した書籍にはとても感銘を受けました。
この国はまたとても大切な方を失いました。とても残念でなりません。

心からお悔やみ申し上げます。
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# by Switch-Blade | 2010-03-24 13:26 | 「外伝」ニュース | Trackback | Comments(0)

あっという間に

 あっという間に新年を迎えてしまいました。
時間の経過がとても早く感じる今日この頃で御座います。

なにはともあれ、
あけましておめでとう御座います。
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げますm(__)m
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# by Switch-Blade | 2010-01-02 13:09 | 戦陣の断章 | Trackback | Comments(0)

移管終了しました。

 無事に移管終了して再び閲覧出来る様になりました。
改めてスタートさせて頂きます。
「新•戦陣の断章」
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# by switch-blade | 2009-04-07 13:56 | なんてことはないお話 | Trackback | Comments(2)

 現在「新・戦陣の断章 〜SAMURAI SPIRITS〜」は移転のため閲覧が出来なくなっております。今後同じURLで再度表示されますのでそれまでの間暫しお待ち下さいm(_ _)m
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# by switch-blade | 2009-04-01 09:30 | 「外伝」ニュース | Trackback | Comments(0)

「新・戦陣の断章」が移転する事になりました。URLは同じですが、閲覧出来ない期間が生じる可能性もありますので、リンクして頂いておりますサイト様ぁ!どうかリンク削除はしないで下さいませ!

詳しく決まり次第またご報告致しますm(_ _)m
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# by switch-blade | 2009-01-31 17:26 | 「外伝」ニュース | Trackback | Comments(0)